2008年10月11日土曜日

会報かわうそ6号(2)1994年6月16日発行

 かわうそ 6号(2)
      〔発行責任者]
       清流球磨川・川辺川を未来に手渡す
       流域郡市民の会  会長 池井良暢
         1994年6月16日発行

◆福岡賢正著「国が川を壊す理由」
            出版記念講演
   6月29日(水)カルチャーパレスにて開催します
 毎日新聞人吉支局の福岡賢正記者が、平成3年の8月から翌年の6月まで、同紙の熊本版に長期連載した「再考・川辺川ダム」が一冊の本にまとまり、福岡市の葦書房から出版されました。「国が川を壊す理由~川辺川ダムは誰のものか」で、私たち手渡す会の市民運動は、この長期連載に基づく自主学習が一つのきっかけとなりました。
 「川辺川ダムは熊本県の一地方が抱える問題にすぎないが掘り下げて行くと、そこには今日の日本の政治や社会の状況が見事なまでに凝縮されていることが分かる。今求められているのは、全国の心ある人達がそうした問題のありどころに気付き、自分の身じかなところから声を上げ、行動を起こす事だ」としめくくられています。
 講演会当日は、福岡さんの講演の他に、ゲストに野田知佑さんと山下弘文さんも迎え、フリートーク等も予定しています。今回チケットを1枚同封させていただきました。ご家族・友人お誘い合わせの上、多数のご参加をお願いします。なお、チケットの精算は当日会場受付でお願い致します。
      
◆川辺川利水事業の同意取得は9割超す
 国営川辺川総合土地改良事業組合の臨時議会が6月10日に開かれ、事業の計画変更に対する対象農家の同意取得の割合が全体で9割を越えたと報告されました。多くの農家は、「今以上水は欲しくない」といっていることは、昨年の秋から私たちも多良木町を中心に農家を回って確信を持って言える事です。ところが農家の9割以上が利水事業に同意しているのです。
 同意取得の手続きに大きな問題点があるのは、前号で取り上げた通りですが、このままでは同意が事業に必要な全対象農家数の3分の2を越えており、法的には事業に着手できることになります。この事は、川辺川ダム本体着工の大きな条件が整う事にもつながります。しかし、同意の取り消しを求める農家が広がりつつあるのも事実です。
 この利水事業に大きな問題点があることを、新聞投書などあらゆる方法で広めて行き、地域全体の社会問題として住民に訴えていくべきです。
◆九州住民運動交流集会、成功裡に終わる
   ~川辺川ダム建設で、多彩な反対意見出る~  
 6月4日、人吉市の第一映劇を会場に、「第6回海・山・川を守る九州住民運動交流集会」が開催されました。会場には、九州各地から集まった自然保護団体や郡市民など百人以上が参加しました。午後の部では、九州各地からの報告の後、参議院議員・紀平悌子氏ほか5名による「巨大プロジェクトの問題点」をテーマにパネルディスカッション。夜の部では、理学博士の生越忠氏(元和先太教授)の講演。「ダムサイト予定地周辺の地質は四万十層で、固いがもろくて崩れやすい」等、川辺川ダムの問題点をずばり指摘されました。
   第6回海・山・川を守る九州住民運動交流集会
    生越忠氏の講演(人吉市第一映劇) 1994.6.4

 閉会後、くま川ハウスで親睦会がおこなわれ、夜遅くまで楽しく九州の仲間同士の情報交換が行われました。
 翌日は、約80名による「第1回、ちょっと待て川辺川ダム市内パレード」が行われました。甲斐あきひろさんの「この川をのぼって」をテーマ曲に、市内を練り歩きました。
 また、6日には建設省川辺川工事事務所に「川辺川ダム建設凍結要求書」、川辺川ダム建設促進協議会会長の福永人吉市長には「川辺川ダム建設促進協議会解散要求書」をそれぞれ提出しました。
   くま川ハウスでの親睦会 1994.6.4
   当時の中心スタッフ青木栄さん、角田高美さんら


   くま川ハウスでの親睦会 1994.6.4
    中島康さん、宮崎公一さん、西村秋二さんら

◆子守歌の里・五木と

       清流球磨川を守る全国集会
  7月30日(土)カルチャーパレス大ホールにて開催します!
 7月30日(土)カルチャーパレス大ホールにて、川辺川ダム建設計画の凍結を求める2000人規模の全国集会を、「水源開発問題全国連絡会」との共催で開きます。私たち流域郡市民の会も発会以来約1年が過ぎようとしています。一方、ダム本体工事は来年度着工ともいわれており、ここがこの市民運動の正念場ともいえるでしょう。
 集会には、現在村ぐるみでダム反対運動に取り組んでおられる徳島県木頭村の藤田村長と、福岡県星野村の高木村長をゲストに迎える予定です。詳しい日程や内容は、次号の「かわうそ」でお知らせしますが、一人でも多くの参加者を集めることが大きな課題になってきます。どうか皆様、7月30日は予定を空けておいていただけないでしょうか。7月30日を境に、この市民運動を大きく盛り上がらせ、何とかダム本体着工を食い止めましょう。

◆<ま川ハウスイベントのご案内
6月24日(金)PM7:30会場 (持ち込み企画) KEITA(けいた)コンサート ¥1,500-
6月27日(月)PM7:30~9:30 「球磨の野の花を押し花で…」 重松美代子先生が指導してくださいます。
7月9日(土)PM7:30~  「球磨の源流を語る…写真とヤマメと魚と」 
   渓谷源流会 鮒田一美氏を迎えて、飲みながら
7月15日(金)夜  (持ち込み企画) 甲斐あきひろコンサートinくま川ハウス (実行委員募集中です)
7月24日(日)AM7:00~ 川辺川を守ろう!アユ友釣り大会  柳瀬橋下流の河原に集合
10月1日(土)2日(日) 野田知佑と川下りを・カヌー集会 
 ご連絡は、人吉市中川原 くま川ハウス 電話0966-24-9929

  くま川ハウスでの親睦会 1994.6.4 
  緒方俊一郎さん、梅山究さん、古川十市さん、倉田茂さんら

  くま川ハウスでの親睦会 1994.6.4
   当時の中心スタッフ宮田さん、原さん、上渕さん、神宮司さんら

2008年10月10日金曜日

会報かわうそ6号 1994年5月9日発行

会報 かわうそ 6号
   〔発行責任者〕
     清流球磨川・川辺川を未来に手渡す
     流域郡市民の会 会長 池井 良暢
       1994年5月9日(月)発行

◆くま川ハウス5月21日(土)にオープン!
 2月に中川原に完成しました、私たち郡市民の会の集いの場でもある「くま川ハウス」のオープニングイベントが、5月21日に行われます。これまで、毎週水曜日の事務局会や、署名用紙やビラ等の印刷、会員の語らいの場として使われてきました。ハウスの中も、印刷機やコピー・電話・FAXやデスクなどの事務用品や、43インチ大画面のテレビ・ビデオ・ステレオ・水槽・コーヒーメーカー・キッチンなど、会員のみなさんの寄贈などによりとても充実し、楽しい雰囲気になりました。これからも、会員のみなさんを始め、いろいろなみなさんの楽しい集まりの場になってほしいと思います。

   完成間もない初代くま川ハウス
      1994年3月重松さん撮影
    左から藤原宏さん、青木栄さん、熊大の先生、原豊典さん、
    佐東チヨキさん、緒方紀郎さん、高場英二さん、緒方みどりさん

◆川辺川ダムで、
  清流球磨川も観光人吉も消滅する
        今が最後のチャンス!
           共に立ち上がろう!
 くま川ハウスの九日町側に、上のような看板を出しました。私たちの市民運動や、郷土の自然に対する思いを、どう市民にアピールして行くか、昨年の末から看板の文句を何度となく検討しました。大変目立つ大きな看板で、九日町の旅館街の窓からもはっきりと分かります。この看板とともに、市民が郷土の自然の危機について、目を開いてくれることを願わずにいられません。

◆水源開発問題全国連絡会の遠藤氏
  川辺川ダム建設予定地を視察に来人
 7月30日、31日の両日、水源開発全国連絡会と球磨川流域の各市民団体との共催で、1000人規模の全国集会(仮称・子守唄の里五木と清流球磨川を守る全国集会)を開きます。遠藤氏は、その準備のために5月5日から6日にかけて人吉を訪れました。1日目はダムサイト予定地や五木村の現状、相良村の既存の水路などを視察しました。
 2日目は、まず手渡す会のメンバー三人とともに人吉市役所を訪れ、経済部長や農業整備課長と話し合いを行いました。これは、ダムから水を引く事のよって成立する国営かんぱい事業が、農家からの申請によって行われる法律の建て前であるのに、人吉市を含む流域の市町村が本来の業務をおろそかにして総ががりでその同意印を取りまくっている事に対して市の姿勢を質したものです。
 午後は、相良村柳瀬の川辺川と球磨川上流部との合流点で、清流と濁流のくっきりした違いを確認。球磨川左岸に広がる水田地帯の広がりを視察し、ダムに代わる洪水対策の案作りに着手しようと話し合いました。

   五木村頭地 1994年 手渡す会撮影


◆「川辺川利水事業」計画変更の
   同意取得に問題あり!
 「川辺川利水事業」計画変更の同意取得作業が、2月より始まっています。川辺川ダムを造り、その水を農業用水として利用しようという26年前(昭和43年)に計画された事業ですが、社会情勢が一変した現在、「これ以上水が欲しい」という農家はほとんどいません。
 それならば、国営事業にかかる農家の直接負担金をゼロにして、受益農家を引き止めようとするのが今回の計画変更の大筋だといわれています。しかし、農家の直接負担金が減る分、市町村負担や県負担が増えています。流域の住民や県民は、知らない間にそのしわよせを受けているのです。巨額の税金がさして必要のない、そして害悪の大きい巨大なダムや水路を作るために使われるのです。
 農家にとっても、国営事業(ダムと幹線水路、ファームポンド)に対する負担金はゼロなのですが、その後に行われる県営や団体営の事業(末端水路など)に対しては負担金を払わねばならず、水代も払わねばならないのに、そこの所は口にせずに町の職員が一戸一戸農家を回り、同意印を集めています。 最近の新聞各紙によると、「水が欲しい」という農家はほとんど無いのに、利水事業の同意の印鑑は、受益者の8割も集まったといいます。なぜそういう事になるのでしょうか。
 我々が多良木町を中心に集めた農家の方々の証言です。
『役場のもんが何度もくっで、印鑑を押した』
『水のただで来るといわれたので、印鑑を押した』
『利水事業の取り消しの印鑑ちゅうで、印鑑を押した』
『国営の幹線水路は負担金はいらんで、その後は水のいるもんだけ水を引けばよかちゅうで、印鑑を押した』
『利水事業の除外地になったで、その印鑑と言われて押した』などなど……ひどい同意の取り方です。現在、「同意取り消しの通告書」集めに、手渡す会でも受益農家を回っています。受益者の2/3以上の同意で、この利水事業は始められるといわれます。ダム本体着工を阻止するためにも、よく分からぬまま印鑑を打たされてしまった農家の「同意取り消しの通告書」を一戸でも多く集めなければなりません。
 また、この利水事業の本質について、受益対象農家でも良く理解していない方が大変多いのが現実です。(でないと、農家の大部分は水はいらないと言っているのに8割も同意が取れるわけがありません)新聞投稿など、あらゆる方法でこの事実を住民に、行政に、議会に知らせて行かなければなりません。

     人吉新聞記事 1994年5月10日 

…今後の「手渡す会」スケジュール…
5月21日(土) くま川ハウス開き
6月4日(土)  「海・山・川を守る会」第6回九州住民運動交流合宿 生越忠先生の講演
  ~5日(日) 川辺川ダム本体着工阻止街頭宣伝
6月17日(金) 福岡賢生さん「国が川を壊す理由」出版祝賀会(PM7:00~青井神社)
7月10日(日) じいちゃん・ばあちゃんのやかた祭り
7月30日(土) 仮称・子守歌の里五木と清流球磨川を守る全国集会(カルチャーパレス大ホール) 
  ~31日(日)  川辺川ダム本体着工阻止街頭宣伝
一人でも多くの参加者を集め、市民に、全国に、郷土の危機をアピールしましょう!

2008年10月8日水曜日

会報かわうそ5号 1994年3月18日発行

会報 かわうそ 5号

      〔発行責任者]
        清流球磨川・川辺川を未来に手渡す
        流域郡市民の会  会長 池井良暢
            1994年3月18日発行

◆水源開発計画の見直し機関設置を
   求める緊急集会、盛会裡に終わる
 昨年12月24日、「水源開発問題全国連絡会(以下、全国連絡会)」による五十嵐建設大臣との話合いが実現して以来、ダムなどの水源開発問題に関する行政の姿勢は、一歩の前進を示し始めました。「全国連絡会」(「手渡す会」も加盟)は、水源開発計画の見直し機関の設置に向けて積極的に関与していくために、去る2月24日(木)午後1時から衆議院第二議員会館にて各政党の代表者を迎えての集会を行い、全国各地16団体から120名の関係者が集い、私たち「手渡す会」からも、重松事務局長を始め3名が参加しました。
 話し合いにはそのうち30名ほどが参加し、建設省の用意した小さい会議室は一杯になりました。建設省側の出席者は、坂本河川開発課長(局長代理)、藤本調整官を含めた6名でした。「全国連絡会」が事前に渡しておいた要請書の3点に対して建設省側が答える形式で進みました。

①水源開発計画が立案されたのは今から数十年以上前のことであるが、そ の後の水需要の動向の変化で、水源開発事業そのものの必要性が失われ ている。それにもかかわらず、建設省がこれらの水源開発事業を今なお 推進する根拠を明確にされたい。

 これに対し藤本氏は、ダム建設は地元の自治体の決議を経て実施されているので法的に問題はないことを長々と説明し始めました。ダム建設の社会的な不必要性を質した申し入れに対し、法的手続き上問題がないことをその根拠として説明したものであったので、この取り違えた説明に対し皆の怒りが爆発し、話し合いは冒頭から紛糾しました。
 「仮に法律に則った手続きがされてきたとしても、20~40年も経って社会的に問題が生じてきたのだから見直すべきだというのが建設大臣の見解であるが、建設省(官僚)はその点をどめように認識し、反省しているのですか」という意見に対し、建設省側は沈黙してしまいました。「川辺川ダムの場合、地元自治体から出された建設促進の陳情書の内容は地元建設省工事事務所の指図によるものであり、文面も工事事務所と市執行部が打合せの上提出されたものであり、住民の意思が表明されたものではない」「昨年私たちが行った9月23日の郡市民大会と同じ日、同じ時刻に建設省主催で『川づくりフォーラム』が人吉市において開かれた。意図的なものがあったと思うがどうか」「地元の熊日新聞などに、公費を使ってダム建設のメリットだけとダムがさも自然環境保護に役立つかのような宣伝を大々的に行っているがどうか」等の追及をしましたが、以上のことについては本省はすべて関与していないし、知ってもいないという回答でした。

②水源開発事業に関連する諸データはほとんど公開されていない。ダムな どの開発水量の算出根拠、ダムの安全性に関わる地質調査データ、過去 の洪水の諸データと治水計画の根拠データ、自然環境への影響調査結果 などを公開されたい。

 藤本氏は、「住民から疑問があれば出してもらい、その疑問に即応して建設省側で解釈・整理したものを出す」と答え、坂本氏も「資料を出さなければならないという法律はないんですよ」と回答しました。 これに対し「全国連絡会」から「逆に出してはいけないという法律もないはずである。つまり、裁量権の問題なのだから大臣発言にしたがって資料を出すべきではないか」と迫りましたが、建設省側はまた沈黙してしまいました。

③建設省及び各地方建設局は今まで、水源開発計画の是非についての話し 合いにはほとんど応じてこなかった。計画の是非について真摯な議論が できるように、話合いの場を設けることを保証されたい。

 藤本氏は、「理解してもらうための説明はするが、対等の話合いというものではない」と私たちの要求をつっぱね、坂本氏は「現地の工事事務所で話し合いには応じるし、その権限も持っているので是非工事事務所と話し合ってもらいたい。そのように各事務所には指示してある」と述べました。     
 これに対し、「説明を承るのではなく、対等の話合いをすべきてある」とか「大臣は権限のない出先機関よりも本省とよく話し合うようにと言った」等指摘しましたが、坂本氏は「本省での話し合いは政策変更についてだと思う」と述べました。
 最後に、坂本氏は「全国連絡会と建設大臣との話合いの中で大臣が言明したことは守っていく」と述べました。以上のように、今回の話し合いは大臣言明の内容を建設官僚に確認させた点で大きな成果がありました。しかし、建設大臣との話合いのときの発言と今回の建設官僚の「お上意識」丸出しの姿勢との落差もかなり目立ちました。
    五木村頭地・五木東小学校 1994年 手渡す会撮影

◆川辺川ダム問題で紀平参議現地視察
 ~建設大臣への働きかけや国会議員への協力要請を約束~
 去る3月6日(日)、紀平参議が相良村を訪れ、私たち「手渡す会」及び川辺川利水事業見直しを求める「川辺川利水を考える会」(古川十市会長)のメンバーから地元の生の意見を聞いた後、高原(たかんばる)台地30haの農地を潤している既存の「川村飛行場用水路」、相良村六藤にある同用水路の川辺川取水口、さらにダム建設予定地、五木村頭地地区へも足を延ばし、現地調査をされました。
 紀平参議は今回、「手渡す会」が取り組んでいる国会、政府へ提出するダム建設凍結などを求める請願書の紹介議員になっていただき、地元の意見を聞くために現地入りされたもので、川辺川ダム問題で国会議員が現地入りしたのは初めてのことでありました。
 話合いのなかでは、「30年前に計画された事業で、既に現状にあわない」事を強調し、特に「利水を考える会」からは、現在「国営川辺川総合土地改良事業」に関係するおよそ4千戸の農家を対象に農水省が実施している計画変更概要の同意取得について、「農家の負担金が不要の本水路のみ前面に打ち出し、その後の農家負担事業は隠しながら同意取得を要請している」と実情を訴えました(関連記事は6ページにあり)。
 紀平参議は、「地元の世論をもっと盛り上げて欲しい」という注文をつけられた上で、「環境問題に関心が高い国会議員にも協力を要請し、全国規模で問題を提起していきたい」と述べられ、政府内に水源開発計画の見直し機関を設置するよう五十嵐建設大臣にも働きかけていくことを約束されました。
 「九州脊梁山地の原生林保護」に関して、超党派の女性議員を紹介議員に国会請願を実現した実績を持つ紀平参議への期待は大きいものがありますが、それと並行してその他の国会議員や政党に対しても、今後継続した働きかけをしていくつもりです。
    五木村頭地の風景 1994年 手渡す会撮影


◆人吉市内地区集会で住民の声を聞く
  ~水害常襲地域の駒井田町、紺屋町、九日町で開催~
 前号で紹介しました1月25日の下青井地区集会に続いて、2月には9日に駒井田町、12日に紺屋町、15日に九日町で地区集会を開催しました。 今回の集会の何よりの成果は、水害常襲地域に住む住民の方々が川辺川ダムについてどのように考えているかという生の声を聞けたことでした。
 各集会では、下青井地区と同様にまず「山は崩れる~ある巨大ダムからの報告」というビデオを見ていただいて、意見交換をしました。駒井田地区では、同じく水害常襲地域である球磨村一勝地にお住いの有岡利枝さんから、過去の水害の体験を聞く中で、それが市房ダムから緊急放流のために引き起こされたものであることは誰の目にも明らかな事実であるという証言がなされました。「人吉からダム放流のサイレンが鳴り、水が流されるぞと聞いて30分もしないうちに急激に増水した。ものすごい水の荒さで、波が立ってくる感じであった。その後、これは市房ダムが一気に放水したためと思って、管理事務所に抗議の電話をしたが、私たちは計画通りに放水していると全く取り合わない。立ってくるような水は今までなかったことであり、ダムの放水以外に考えられない」と語られた。

 以下、各地区集会で地元住民から出されました主な意見を掲載します。
◆S4O年の大水害の時は大損害を被った。ここは市房ダムができる前は、ほとんど水害を受けることがなかったところであった。球磨川下りがなくなったら人吉はどうなるのか。川下り会社や観光業者は何を考えているのか、市民も心のなかでは大変なことだとわかっていながら、誰かがしてくれるだろうという感じではないか。(駒井田町住民)
◆人吉市民の大半は、ダム建設についてどっちつかずの状態ではないか。洪水か川の汚濁か二者択一で迷っているのではないか。(鬼木町住民)
◆今まで第三者的に見ていたが、川下りや鮎のことを考えるとダムは死活問題だ。(紺屋町住民)
◆この10年来、水害は起こっていない。今更ダムは作らなくてもいいのでは ないか。ダムができれば放水によってかえって危険性が高まるのではないか。(中青井町住民)
◆市町村が時代の変化はわかっているはずなのに、ダムを作っで欲しいという陳情をしている。今一番やらなくてはいけないことは、地元の市町村長に陳情を撤回させることではないか。(紺屋町住民)
◆計画以来30年近くたって、多目的でやる必要がなくなっているのではないか。ダムの放水時期を間違うと大変なことになる。水害から守るというが、川辺川ダムはかえって出来れば危険性が高まるのではないか。球磨川の水位低下、清流の消滅が人吉観光にマイナスになる。ダム建設は非常に金がかかる。必要性のないダムを作るということは、利権が絡んでいるとしか思えない。(九日町住民)
◆みんなダムには反対だが、それを表明できない原因があるのではないか。国や県が五木村や相良村の当事者にやる気をなくさせているので、その意識を変えさせないとどうにもならないのではないか。集会に人が集まらないのは、「もうどうしようもない」という意識があるからではないか。(九日町住民)
◆35才以下の人は洪水の経験がないし年配の人は反対運動が挫折した経験がある。人吉市民の関心の薄さはそこに原因があるのではないか。川のそばに住んでいる人が一番川のことを考えているので、水害常襲地域の球磨村や坂本村の人の話を、相良村ですることが必要ではないか。(九日町住民)

 これまで4ケ所で地区集会を開催してきましたが、まだまだ人吉市民の意識は低いと考えざるを得ません。ぽとんどの人が「ダムは必要ない」と考えているが、それを表明できない人が多い実態です。結局出てくるのは、「今更やっても手遅れだ」とか「相良や五木の事を考えると何も言えない」といった言葉であり、無関心と諦め感が支配的です。「まだ間に合う!」ということを具体的に知らしめていくことが、何よりも大切であると痛感しています。
    五木村頭地の風景 1994年 手渡す会撮影


◆我等の憩いの場所が出来たよ!
   皆さん、遊びに来てくださいね
 球磨川の中河原公園にあった食堂を改装し、この度事務所がオープンしました。30~40人は収容できる広いスペースと、窓から見える球磨川の流れがGOOD!今後は、単なる事務所としてだけではなく、いろんな人たちが気兼ねなく出入りできる雰囲気づくりをしながら、この事務所や中河原公園などを利用したいろんな催しを企画していきたいと考えています。皆さん、お気軽に足をお運びください。お待ちしています。

◆誰のため、何のための事業なのか? 
 ~川辺川利水事業計画概要変更を巡る
           「利水を考える会」の活動報告~
 農民の立場で利水問題について論議していこうと発足した「川辺川利水を考える会」(古川十市会長)は、2月8日に農水省が「国営川辺川総合土地改良事業」の計画変更概要を公告して以来、活発に活動を続けてこられました。 前述しました計画概要変更の公告ですが、「縦覧期間が2月14日まで5日間となっているが、公告したこと自体知らされず、期間中に休日や閉庁が挟まり縦覧する機会が十分与えられていない」として3月8日まで20日間の縦覧延長を、人吉市や球磨郡の4人の事業対象農家の方が九州農政局川辺川農業水利事業所に請願されました。
 これに対し、同事業所は「法の規定で縦覧期間は終わったが、引き続き市町村役場で公告資料を閲覧できるようにする」と回答。 しかし、今回の計画変更は概要の公告のみで、同意するか同意しないかを判断する上で内容が不明確(水代がいくらかかるか等)として、2月25日には再度同事業所を訪れ、畑英次郎農林水産大臣宛て請願書を提出されました。この請願書を提出するに当たって、短い期間の中で川辺川利水事業関係7市町村のうち人吉、相良、錦、多良木、深田の5市町村の161人の事業対象農家から署名を取られました。 請願の趣旨は、計画変更概要に不明確な点があり、同意取得の判断材料に欠けるとして、計画概要に疑問点の明示や充実追加を求めており、3月11日までに書面での回答を希望されています。
 また、順番が逆になりましたが、2月8日には国営川辺川利水事業の関係者を招いて説明会を相良村の新並木公民館で開催されました。質疑のなかで、この事業でいまだ明らかにされていない点について不満や要望が数多く出されました。
 例えば・・・▼現在本地域(旧飛行場地区)には、毎秒1tの水がきているが、利水事業の 場合は渇水期でも球磨川下りなど下流の水量を確保しなくてはならない。本 当に当地区の水量が確保できるのか。▼我々は現在自然流水を使っているが、揚水ポンプの電気代は負担することに なるのか、またいくらになるのか。▼事業の受益地となると、将来は宅地造成だけでなく企業進出も儘ならない。 普通の農地転用と同じというが不的確にされるのがおち。
 これに対し、事業所の説明は十分納得の行くものではなかったと言います。現在、計画変更の同意取得作業が各市町村で行われています。しかし聞くところによると、未だに「水はただで来るから、同意の判をくれ」と言って農家を回っている市町村があるとのこと。農民をだましてでも実施しようというこの川辺川利水事業って一体、誰のための、何のための事業なんでしょうか。
    五木村頭地の風景 1994年 手渡す会撮影

◆個人でもできる国会請願運動にご協力を!
 今回、紀平参議が国会請願の紹介議員になっていただいたことで、同封の「川辺川ダム建設の凍結と環境アセスメントの実施を求める請願(国会提出用)」用紙により、請願者1名からでも国会請願ができることになりました。 そこで私たち「手渡す会」では、会員の皆さんに請願用紙の「請願者、住所、氏名」欄に記入し捺印の上(「紹介議員」の欄は無記入で)、事務局まで送っていただき、入れ替わり立ち替わり個人名で国会請願をする運動を展開したいと考えています。
 この請願を繰り返すことにより、「国会議員公報」の請願事項の欄に何回も何回も掲載されることになり、国会議員も必ず目を通すことになり、長良川河口堰問題同様広く知らせる手立てとなるという利点があります。 是非、同封しました「請願用紙」を住所、氏名を記入し捺印の上、下記のところに郵送して下さい。御協力よろしくお願い致します。    〒868 人吉市北泉田町214  重松隆敏 まで

◆新刊図書紹介 
 毎日新聞人吉支局の福岡賢正記者が、一昨年毎日新聞熊本版に連載された「再考川辺川ダム」がいよいよ本になります!
 その名も・・・『国が川を壊す理由(わけ)』(葦書房、288ページ、定価:1550円[税込]) 3月下旬発売ということで、是非皆さん御購入の上、御一読いただければと思います。綿密な調査に基づき、川辺川ダムの問題点をズバリ指摘したすばらしい本です。(問合せ先:葦書房 電話092-761-2895)

◆情報告知板
◆川は誰のものかシンポジウム~相模大堰・川辺川ダム・長良川河口堰を通して日本の川を考える~*日時:4月9日(土) 14:00~17:30 
*場所:横浜開港記念館ホール(神奈川県庁そば、JR関内駅5分)
*内容:〔1部]シンポジウム(川辺川、長良川、相模川からの報告)
[2部]小室等(フォークシンガー)ミニコンサート、
[3部]・講演:村上康成さん(絵本作家)    
・対談:野田知佑さんと小室等さん
*入場料:大人2000円(前売1800円)
*主催:相模川キャンプインシンポジウム (電話0427-56-6916) 
◎前売り券があります。御希望の方は御連絡下さい。

◆秋津レークタウン 活き生きフェスタ
*日時:4月17日(日) 11時~15時 
*場所:秋津レークタウンクリニック(熊本市)
*内容:せせらぎトーク [進行:原田正純熊大医学部助教授]      
ゲスト:野田知佑さん(カヌーイスト、エッセイスト)          
緒方俊一郎さん(手渡す会、相良村医師)
*せせらぎトークは12:30~14:30の予定です。「手渡す会」からもパネル写真展示を会場にて行う予定です。皆さん是非おいで下さい!

◆編集後記
◆5ページで紹介しました新しい事務所の名称は「くま川ハウス」。 気軽にやってきて、川や自然についていろんな話ができるような憩いの場所 にしたいと思っています。「くま川ハウス」を利用した楽しい企画募集中!◆コピー機をゆずって下さい。事務所で使用します。無料・安価で譲ってもい いという方の御連絡を待っています! ◆自分の家に眠ったままになっている署名用紙がありませんか?・・・既に 署名を取って家に置いたままになっているものがありましたら、郵送か御持 参いただければ幸いです。(郵送先:〒868人吉市北泉田町214重松隆敏)◆今回の「編集後記」はお願いばかりになりました。カンパ、請願運動、署名 活動・・いろいろありますが出来るところから御協力を!(S.A)

2008年10月6日月曜日

会報かわうそ4号 1994年2月5日発行

会報 かわうそ 4号
         〔発行責任者]
          清流球磨川・川辺川を未来に手渡す
          流域郡市民の会 会長 池井良暢
            1994年2月5日発行

◆できたらどうなる!川辺川ダム
 ~人吉市内で「ダム問題」を考える地区集会を開始!~
 川辺川ダム建設凍結へ向けてより広範な市民の理解を求め、協力をお願いするために、人吉市内において町内単位に集会を開催することを決め、その第1回目を去る1月25日、下青井町内会館において開催しました。下青井町は、球磨川辺りに位置し、過去何度となく川の氾濫による被害を被ってきた「水害常襲地域」ですが、今回集会に参加した下青井町住民の方からは「下青井は、以前から水害常襲地帯でした。しかし、市房ダムが完成した後のS40年大水害の時には、今までと比べものがないくらいの水が流れ込みました。結局、市房ダムから一気に放流されたためだと思います。その時、ダムにたまったヘドロも一緒に流し、水害後の後片付けの際ヘドロを取り除くのに苦労しました」という発言があり、ダムができることによりかえって水害の危険性が高くなるという指摘がなされました(集会の詳しい内容は2頁以降を御覧下さい)。
     朝日新聞記事 1994年1月27日

 これからこのような地区集会を重ねながら、上記のような地域住民の証言を数多く集め、川辺川ダム建設推進派が唱える「ダム必要論」の根拠を突き崩して行かなければなりません。そして、より多くの人吉市民の皆さんに「ダムができたら大変なことになる」という認識を深めてもらわなければなりません。 当面、下記の日程で地区集会を実施します。会員の皆さんの参加もお待ちしております。

★これからの地区集会の開催日程★ 
2月8日(火)19時~  駒井田町地区集会(駒井田町会館)  
  12日(土)19時~  紺屋町地区集会(紺屋町会館) 
  15日(火)19時~  九日町地区集会(紺屋町会館) 
※ビデオ上映「山は崩れる(四国・早明浦ダム)」及び球磨村、坂本村 の水害地域住民等から証言していただく予定です。

◆一ツ瀬川の二の舞だけは阻止を!
 ~下青井地区集会で、西都市住民、
         ダム建設による影響を語る~

 1月25日、人吉市内の町内会毎にダム建設の問題点を訴える地区集会を、下青井町から開始しました。事前に、下青井町及び近隣の町内への集会案内のチラシ配布、街宣カーによる宣伝、新聞広告による宣伝等行った結集、約30名の参加がありました。
 最初に、今から1O年前にNHKテレビで放映された「山は崩れる~ある巨大ダムからの報告~」のビデオを上映。これは、四国・吉野川上流にS48年に建設された早明浦ダムが地域住民の生活を脅かすさまざまな問題を引き起こしているという内容で、その生々しい映像に参加者はテレビを食い入るように見つめていました。
 ビデオではまず、大雨後のダム水位の急上昇、その後の水位低下によって引き起こされる「湛水(たんすい)地すべり」の映像を紹介。山腹の至る所で、大小合わせて1万ケ所の土砂崩壊が発生し、ダムが建設された大川村住民が毎日土砂崩壊の危険にさらされている姿により、「人間の計算をはるかに超えた自然のしっぺ返し」をまざまざと思い知らされました。また、「ダム湖へ土砂堆積」の急激な進行についてもふれ、建設後わずか10年にして堆積容量の30%も埋まってしまい、それを食い止めるためには155ヶ所の砂防ダム建設が必要という話に驚いてしまいました。さらには、治水も含めた多目的ダムとして建設されたはずなのに、建設後3年目の大雨の際、ダムを満水にして一気に放水したため「ダム直下の地域に大災害」をもたらした映像も紹介されました。
 そして、ダム建設前に4000人いた大川村の人口は、建設後700人にまで激減し「急速な過疎化」が進んでいました。村の面積の94%を山林が占める大川村は、林業が主要な産業である訳ですが、過疎化の進行により林業労働者が減少し手入れもされぬまま放置された山林の増加により、「自然災害を大きくしている」ということでした。
 この大川村の現状は、そのままダム建設後の五木村の将来を暗示しているようで、背筋が寒くなる思いがしました。ビデオでは紹介されませんでしたが、我が国屈指の清流と言われていた吉野川は、ダム建設後その様相を一変させます。台風が襲った後1年にもわたり「川の汚濁」が続き、鮎の漁獲量が激減し、「流域の観光業にも深刻な影響」を与えているということです。
 ビデオ上映の後、池井会長より挨拶、重松事務局長より経過説明。会場には、宮崎県・一ツ瀬川の上流から下流の移り変わりを撮影しかパネル写真20点を展示し、「ダムができることにより川がどう変貌してしまうか」についてより認識を深められるようにしました。 そして、一ツ瀬ダム下流の宮崎県西都市杉安町からはるばる来ていただいた、杉安町区長の池水正武さん(61)と公民館長の杉田英広さん(63)に、ダムによる自然環境と地域経済の変化について話していただきました。

◇池水正武さんさんの話
 九州電力が工事主体である「一ッ瀬ダム」は、S35年工事着工、S38年6月発電を開始(18万kw)。当時の杉安町は、旅館5軒、料理店、魚屋、遊船、ボート等もあり、貸切りバスや国鉄(妻線)納涼列車により多くの観先客が訪れ、キャンプ村もあった。一ッ瀬川下流のこの町にある杉安峡は「日向の嵐山」と呼ばれ、アユ等の川魚が豊富で屋形船や小型遊船が15、6隻あり、旅館や料理店は繁盛していた。
 しかし、ダム完成後の一ッ瀬川と西都市は大きく変貌した。(1)澄み切った美しい川が濁り川に変貌、(2)バラス、砂がなくなる、(3)水温が下がり魚の成長が遅れる(現在は鮎は一匹もおらず)、(4)観光客の減少による過疎化が進行する、(5)旅館・商店が廃業・・・。そこで地元住民の取り組みとして、S40年9月 予期しない濁水に陳情を行う、S41年8月 九電社長に陳情(商店街は「ダムができるともうかる」と期待していたが、それが甘かったことを痛感し、さらに予想もしなかった濁水について陳情)、S46年9月 県知事に陳情、S49年3月 県議会に請願、S50年1月 知事に再度陳情、S50年2月 知事現地訪問、S53年1月 知事に再々陳情を繰り返した。
 これに対して九電は、ようやくS49年7月に「選択取水装置」を設置する(ところがこの設備がいかに子供だましのものであったか)、そしてS50年3月 漁協、改良区、杉安商店会に補償、S60年12月 取水口にスクリーン(木の枝などを取り除くもの)設置、そして昨年、選択取水設備(取水口の高さ)の改造で15m→20mに。
 現在の活動として、1市2町により結成された「公害対策連絡協議会」は年1回だけ九州電力と交渉(たった1回わずか2時間、九電としては2時間じっと我慢すればよいというもの)。昨年6月、「県立杉安峡自然公園(自然林550本が自生)」の整備の陳情、及び11月 汚濁被害ダムの調査として、「奈良県十津川」を市議5名、県議1名視察。この川は、洪水をよく起こす川で約100年前(明治22年)に十津川村民の半分が北海道に移住したという話で有名。
 関西電力によって作られたこのダムは、汚濁解消のために「1週間かかってダムを干した」結果、短期間で清水になり効果があったとのこと。西都市議会の一般質問でも、「一ツ瀬ダムを干したら」ということが出され、「汚濁対策協議会」が設置されるようになった。県議会でも一般質問があり、十津川へ県担当職員(環境保険部長、環境保全課長)を視察のため派遣することになった。 ダム建設から30年たった今、依然として汚濁は解消されず(特に昨年の梅雨時期から半年以上も汚濁が続いている)、「魚のいない死に川」になっている。ダムができて何一ついいことがなかった。皆さんには一ツ瀬川の二の舞にならないように頑張っでほしい。
続いて、現在は農業をされている杉田さんより話していただいた。
      遊船が浮かび旅館が立ち並ぶかつての杉安町

      遊船や旅館、観光客の姿が消えた現在の杉安町  手渡す会撮影

◇杉田英広さんの話
 一ツ瀬川下流の杉安町に住んでいる。杉安の川の石は、30年間の濁りのため真っ黒になった。だから魚もいない。ダムができたら絶対いいことはない。杉安の川の水は、川底が見えないほど茶色に濁り、水を採取して2~3日おくと何かがたくさん浮遊している。流れが速い瀬の石は、白くなければならないが真っ黒。川下から風が吹くと、水の臭いにおいが鼻につく。だから、川をのぞく人は誰もいない。
 我々はダムができて30年間苦しんでいる。我々は水に親しむ権利があるはずなのに、それもままならない。夏休みの宿題の絵を書いていた子どもが、川の色を茶色に塗っていた。結局、子ども達は生まれたときから濁った川の色しか見ておらず、あの濁り水が本当の川の色だと思っている。 昨年、水利権の更新があった(30年毎更新)。更新が終わり印鑑をもらった後は、ずっと濁り水が流されてきていまだに濁りはとれない。やり方が非常に汚い。
 ダムができると水温が下がり、夏でもとても冷たくて川には入れない。その冷たい水をポンプアップして田へ水を引いているが、同じ時期に植えた稲でも10km下流の方が実がつくのは10日ぐらい早い(水路を通っている間に水温が上がるため)。畑地かんがいにはスプリンクラーを使用するが、冷たい水をかけることになるため、スプリンクラーを付けたものの使うことがない。 川辺川ダムができれば、球磨川も一ツ瀬川と同じ濁り川になる。皆さんの力を合わせて、子孫のためにも一ツ瀬川の二の舞だけは踏まないでほしい。
     川辺川(1994年夏 相良村新村) 手渡す会撮影

◇MONTHLY PICK UP◇  
 ***12月下旬~2月初旬の出来事から***
◇水源開発問題全国連絡会、
   建設大臣との話し合い実現:12月24日
1.問題とされている水源開発計画の見直しについて
 (大臣)計画の見直しが必要。客観的に検討・評価して勧告する機関の設置が必要。なるべく早い機会に、検討の場づくりを行いたい。なお、現在工事進行中のものについては、見直しが完了するまでそ   れを凍結するということではない。
2.問題とされている水源開発計画に関する話し合いの保証
3.関連情報の公開の保証について
 (大臣)地方建設局は与えられた仕事をどんどんやるところなので、(基本的問題には)対応しようがないのでは。建設省とじっくり話し合う機会を持つのが必要。今日は建設省の担当者(河川局開発課   の坂本課長)も同席しているが、建設省本省(河川局)とよく話し合ってほしい。データは何でも公開というわけにはいかないだろうが、それについても話し合ってほしい。また、出先機関(地方建設局など)とも話し合ってほしい。
 (大臣からの要望)地元の自治体から事業促進の要請が出ていると、建設省としてもその要請を無視するわけには行かない。地元自治体ともよく話し合ってほしい。

☆以上のような建設大臣の前向きな発言を得ました。この成果を元に、12月27日には同席していた坂本河川局開発課長に対し、川辺川ダムについて関連するデータの提供を申し入れたところ、データの公開・提供を基本的に認めた上で、すべての資料が本省にある訳ではないので川辺川工事事務所所長に指示しておく旨の回答を得ました。それを受けて、川辺川工事事務所に資料請求を求めましたが、担当者不在ということで一度は流れてしまいました。早急に会見を申し入れ、再度資料提供を求めたいと考えています。

◇相良村の若手農民20名、
  「川辺川利水を考える会」を発足:12月下旬
 「川辺川利水を考える会」(古川十市会長)が今回発足したことで、川辺川ダムの建設目的の一つである「利水(かんがい)」事業の是否を巡る論議をさらに過熱するものと期待しています。ダム建設に関連して事業が進められている「農水省国営川辺川総合土地改良事業」は、昭和58年に着工したが、かんがいの取水源のダム本体工事の遅れで、すでに10年以上が経過。その問、減反政策や後継者不足などで農業情勢は目まぐるしく変化し、当初申請していた計画内容の修正を余儀無くされています。
 同会は、「農民の立場で利水問題に対する勉強会等を開催し、今後予定されている同事業の計画変更同意の手続きや利水事業全体の問題点を論議していこう」という主旨でスタートした訳でありますが、川辺川ダム建設推進派にとっては大きなウィークポイントであることは問違いありません。万一、川辺川ダム建設から「利水」の目的をはずすということになれば、ダム計画自体を根本的に見直さなければなりません。
 同会では、九州管内で国営事業を実施しているところを訪れ、実際に農民の声を聞くための見学会を1月に実施(第1回目は都城市を訪問)。また、第1回目の事業対象農家を集めての「座談会」を実施し、相良村井沢、並木野地区を中心に50名ほど集まったとのこと。参加者からは、事業の推進に疑問を呈する意見が相次いだ模様。今後は、相良村に限らず他の町村にも呼びかけて組織を大きくしていくということで、おおいに今後の活動に期待しています。
        人吉新聞記事 
          1993年12月28日

◇若い女性のグループ
 「やまんたろ・かわんたろの会」も旗揚げ!:1月
 人吉球磨の豊かな自然を愛する若い女性が、女性の視点で山や川のことについて考え、ひいては川辺川ダム問題についても考えようという意欲あふれる会が発足しました。私たち「郡市民の会」が投げかけた波紋は確実に広がりつつあることを実感します。今後、「映画とお話の夕べ」[3月19日(土):18時開場、18時30分開演、人吉カルチャーパレス小ホール〕や、白髪岳や市房、五木村での植林活動等、球磨川の上流と下流が手をつなげるようなネットワーク活動を展開していきたいということで、「やまんたろ・かわんたろの会」の精力的な活動により球磨川下流・八代市と中流・人吉市、そしてさらに上流の各町村との連携がますます深められることを期待するとともに、「郡市民の会」としても応援していきたいと思います。
      川辺川 1994年 手渡す会撮影

◇インフォメーション【映画とお話の夕べ】 
3月19日(土)18時30分~ 
★長編記録映画「荒川」上映(88分)
 ダムを誘致した山村を起点として、源流から東京湾までの水系169キロに及ぶ荒川の水路を辿りながら、現在的な川の様相と水問題を克明にルポルタージュしていく。私たちは、川をはじめとした自然にどう向き合っていくべきなのか・・・ 
★お話「山にこだわり川にこだわって」  
  話し手:中村益行さん(内大臣の自然を守る会、緑川の清流をとりもどす流域連絡会)

◇皆さんへの切なるお願いです!
その1・・・署名活動にご協力をお願いします! 
 ◎同封しました署名用紙1枚分で結構です。家族で埋められる分だけでもいい(子どももOK)ですので、御記入の上(氏名・住所はそれぞれ自筆で)大変お手数ですが、事務局(〒868人吉市北泉田町214 重松隆敏宅 電話0966-22-3917)までお送り下さい。
その2・・・一口1000円以上のカンパをお願いします!
 ◎前回会計報告しましたが、赤字財政という非常に厳しい台所事情であります。おまけに、郵便料金の値上げに伴いますます苦しい状況にあります。
 ◎同封の郵便振替用紙により、金額を御記入の上お送り下さい。
 学習資料である「再考川辺川ダム」と「人吉市議会ダム調査・対策特別委員会報告集」も、一冊各々500円カンパでお願いしているところです。御必要な方は、事務局まで御連絡して下さい。
    川辺川(1994年夏 相良村権現橋の河原)  手渡す会撮影

◇その他の主なスケジュール
◆アースウィークくまもと(4.17~24)へ「郡市民の会」として参加 
○期間中、熊本市下通り・上通りアーケードにて「ダム問題パネル写真」を展示する予定です!・・皆さん見にきて下さいね。 
○アースウィーク協賛企画:「活き生きフェスタ」(4.17)に参加
熊本市秋津新町にある「秋津レークタウンクリニック」(原田正純院長)において毎年開催されている、[いのち]や[健康]について考えるさまざまな催し。今回、フェスタ事務局長の稲津さん(レークタウンクリニック勤務)より連絡を受け、今回は川をテーマにしたトークショーを企画したいということで、「郡市民  の会」にも協力の要請がありました。予定では・・・野田知佑さん(手渡す会会長)と、原田正純さん  によるトークショーが開催される予定です!

◇編集後記
▽川辺川ダム問題に取り組み始めてからというもの、川やダムに関係する書籍にやっぱり目がいく。最近読んだもので印象に残っているものと言えは、『川歌』という漫画(青柳裕介作)である。▽物語の舞台は、高知県東部の物部(もののべ)川上流の小さな山村である。ガラッバやら山の神さんやらが登場し、川で元気に遊ぶ子ども達や山や川などの自然と共に生きる人達の姿が生き生きと描かれている。▽『川は、川を用水路と履き違えた者達の手でコンクリートで固められていく。用水路と化した川では、もう子ども達の歓声も・・シバテン(ガラッパ)の川歌も聞かれない・・』この漫画の中に出てくる一文である。山、川、木、草など自然界のありとあらゆるものに対する〈敬愛〉の情に満ちあふれている作品です。是非、是非御一読を!▽ちなみに、『川歌』はビッグコミックス(小学館)より第1集~4集まで発売中(定価500円)。でも、人吉市内の書店ではなかなか見かけません。皆さんもおすすめの一冊がありましたら、是非お知らせ下さい。(S.A)
●会員の皆さんからの投書を受け付けます!・・川辺川に寄せる想いやダム問題についての御意見、これからの運動の進め方についての提案等、何でも結構です。下記のところまでお送りください。
 〒868-03 熊本県球磨郡錦町西796 青木栄まで

2008年10月5日日曜日

会報かわうそ3号 1993年12月20日発行

会報 かわうそ 3号
        [発行責任者]
          清流球磨川・川辺川を未来に手渡す
          流域郡市民の会 会長 池井 良暢
             1993年12月20日発行

◆川辺川ダム建設凍結のために
     住民パワーを結集させましょう!
  ~1年間の活動の総括とこれからの運動の方向性~
 川辺川ダム建設凍結へ向けて、全国組織「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す会[以下手渡す会]」(会長:野田知佑)が結成されて1年、地元組織「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会[以下郡市民の会〕」(会長:池井良暢)が結成されて4ケ月が過ぎました。
 私達はその間、さまざまな運動を展開し多くの賛同者を得る中で、大きな成果を残してきました。「手渡す会」の会長に野田知佑さんが就任していただいたことが、この運動を幅広いものにする意味でブラスに働いたことは言うまでもありません。野田さんの影響力により、全国各地から数多くの署名と熱い連帯のメッセージ・激励をいただき、その度毎に「よし!もうひと頑張り」というエネルギーが湧いてきました。
 しかし、ダム建設計画から27年も経過する中で、「今更運動をしても遅い」 とか「移転した五木村の人達のことをどう考えているのか」といった言葉をささやく一部の人達、あるいは「お上の決めたことだからどうにもならない」という諦め感を持つ人や「建設されようとされまいと別にどっちでもいい」という無関心層の人達がまだまだ多い実態、そして「川辺川ダム建設促進協議会」に結集する地元行政の姿勢等を考えた時に、いろんな方面での活動を展開してきた私達の運動を再度、「川辺川ダム建設凍結に対する地域住民の合意形成」という点に絞り、署名活動を中心に据えてやっていく必要性があると考えます。 建設省のある役人も、ダム建設の見直しをする条件として「ダム建設に替る代替案が示されること」及び「ダム建設反対の地域住民の合意がとれること」をあげています。
 この1年間建設省は、地元新聞に何回となく「川辺川ダムはふるさとを水害から守ります、豊かな流れを確保します、地域の発展を支えます、地域の歴史・文化や自然と調和を図ります」というキャッチフレーズの下、住民をあざむくまやかしの宣伝広告を掲載してきました(その広告費は、私達が払った税金を使っているのです)。また、「自然にやさしい川づくりフォーラム」とか水没予定地での「親子スケッチ大会」等、ソフトイメージで住民の啓蒙活動を展開しています。球磨川・川辺川を「魚ののぼりやすい川づくり」の指定河川にすることと引き換えに、「川辺川ダム建設促進」を今以上に行うよう地元行政の尻を叩いている建設省の姿も見られます。
 金と権力を握る建設省やそれに繋がる建設業界、政治家に対して、私達には金も権力もありませんが、ふるさとを心から愛する気持ちと「住民自治」実現のために活動するエネルギーは満ちあふれています。
 1993年の終わりに当たり、「手渡す会」「郡市民の会」の活動を総括し、正念場となるであろう来年度の活動の方向性について会員の皆様へ提案し、さらなる御協力をお願い申し上げます。
     建設省の看板(五木村頭地) 1993年10月11日 手渡す会撮影

◎この1年間の主な活動の総括
◆「川辺川ダム建設凍結」
       を求める署名活動
 1992年11月14日、全国組織「手渡す会」が発足し、ただちに政府の関係各省庁へ提出する署名活動を開始。93年8月8日、「郡市民の会」発足後は、地元議会(人吉市、相良村)への陳情のための署名活動も併せて実施。
 その結果、現在までに4万人近い賛同の署名をいただいています。しかし、署名の実働者が少ない実態や、また9月は「郡市民大会の準備、10~11月は「利水事業」見直しを求めるための農民対策・相良村長選挙対策に時間を割いたため、最も重要な地元での署名活動が組織的・計画的に実施できず、地元議会に陳情するにふさわしい数がまだ集まっていない状況です。
    球磨川・川辺川合流点 1993年10月9日 手渡す会撮影 
    市房ダムの放流で球磨川は濁っている。
    画面右下の清流は、小さで川の澄んだ流れ。

◆対行政(首長、議会)対策
 93年3月22日、「手渡す会」として「川辺川ダム建設促進協議会」会長である福永人吉市長に対し、①ダム建設計画発表から四半世紀過ぎ、必要性に疑問が生じている中でなぜダム建設の促進をするのか、②昭和51年以来実施された人吉市議会ダム問題調査・対策特別委員会による「ダム建設による商工観光、農政に及ぼす影響調査報告」をどう評価し、対応してきたのかという公開質問状を提出しました。回答はあったものの質問には答えず、ただダム建設を推進せねばならぬという姿勢のみしか見られませんでした。
 同年7月12日、衆議院選挙熊本県2区立候補者全員に対し、「川辺川ダム建設計画に対する公開質問状」を郵送。回答があったのは、落選した社会党の馬場昇氏と共産党の小田憲郎氏のみでした。
 同年8月、人吉市・相良村・球磨村全議員に対し、「再考川辺川ダム」及び「郡市民の会設立趣意書」を郵送。その後今日に至るまで、相良村において2~3名の議員の方が「利水事業見直し」を中心に議会で質問をしていただいたり、人吉市においては「郡市民の会」の話を聞きたいという議員の方が出てきている状況です(残念ながら球磨村では何ら動きはありませんでした)。
 同年10月13日、相良村長選挙(11月7日投票)前に、高岡・宮崎両候補に対し「川辺川ダム建設計画に関する公開質問状」を提出しました。宮崎氏からは「ダム建設一時凍結に賛成」「利水事業見直しに賛成」という誠意ある回答をいただきましたが、高岡氏からは「回答すれば選挙に不利になる」ということで何ら回答がありませんでした。その後、人吉球磨一円に「公開質問状回答」チラシ入れを実施し、情宣活動をしました。村長選挙の結果は、「ダム建設一時凍結」を掲げた宮崎氏が善戦したものの、現職の高岡氏に惜しくも敗れてしまいました。しかし、この選挙をきっかけにダム建設予定地の相良村において「ダム建設見直し」を求める声が高まりつつあります。
     五木村頭地橋とお墓 1993年 手渡す会撮影

◆「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民大会」の開催
 1993年9月23日、カルチャーパレス大ホールに約700名の参加を得て、大成功裡に終えました。短い取り組みの中数多くの参加者を得、講師の方々の説得力ある話により「もっと川辺川ダムのことについて勉強したい」という人が増え、その後の運動に弾みをつけました。また、九州各県から多数の方々に集まってもらい、より広範な運動にする足掛かりともなりました。

◆「川辺川利水事業」見直しを求める運動
    (川辺川利水事業対象農家対策)
 1993年8月、梅山究氏(前相良村教育長)による人吉新聞投稿「川辺川利水を斬る」をきっかけに、前述の「郡市民大会」以後、精力的に農家対策を実施しました。今日の農業を取り巻く情勢の厳しさの中、農家に新たな負担を強いる「川辺川利水事業(人吉・相良・山江・錦・深田・須恵・多良木の7市町村の対象農家の畑にダムから水を引く国営事業)」は、参加を希望する農家が少ない中で強行されようとしており、そのためこの利水事業の問題点をまとめたチラシを対象農家全戸にほぼ配布。その後、10月17日に多良木町黒肥地において「川辺川利水事業を考える座談会」(28名参加)を、1O月26日には相良村において農民作家・山下惣一氏を講師に「水と農業を語る」講演会(120名参加)を実施し、十分情報が流されていない利水事業について問題提起し、意見交換をしました。
 実際に、一軒一軒農家を訪ね、利水事業についての考え(ほとんどの農家が必要ないと答えた)を聞くことができ、自信を持って取り組みを進めました。その後の成果として、「利水事業を考える会」という農家の方の組織が結成され、独白に活動を進められることになりました。

◆運動のネットワーク化を図る取り組み
      (全国各地の団体との交流)
 「手渡す会」の活動を全面的にバックアッブしていただいた「ウオーターネットワークくまもと」・・・昨年12月から今年の11月まで開催された「野田知佑グローバルトーク」では、各界の著名人を講師に招き実施されましたが、「手渡す会」からも毎回参加し「川辺川ダム建設凍結」運動のアピールや署名活動を展開し、県内各地にこの運動を広げることができました。
 また今年のゴールデンウィークには、神奈川県相模大堰建設反対グループとの交流を深め、初めて街頭でのアピール行動を雨天の中実施しました。楽しく運動を進めながらも、大堰建設の問題点やそれに替る代替案を学問的に立証し、提示する地道な取り組みが印象に残りました。
 同年10月30~31日、宮崎県門川町で「第5回海・山・川を守る九州交流合宿」が開催され、「郡市民の会」からも5名参加しました。その結果、九州各地で環境問題に取り紹んでいるグループのネットワーク化を進めて行くために、「九州環境問題研究所」(仮称)を作り、調査の依頼や人材の派遣等を担う新しい組織の必要性が提示されました。また、第6回九州交流合宿を来春人吉市か五木村で開催できないかという打診を受けています。
 同年9月11日には「水源開発問題全国連絡会」(17団体)が結成され、「手渡す会」及び「郡市民の会」共に加盟し、全国のダム建設反対運動団体との情報交換・連携を図って行くことになりました。そして11月16日、五十嵐建設大臣との直接交渉の場が設けられ、重松事務局長が出席し訴えました。また、「全国連絡会」としては①ダム建設計画の見直し、②今後の話合いの場の保証、③関連情報の公開の保証の3点について要請をしました。その結果この取り組みが効を泰し、建設大臣は「河口堰を含む大規模事業を見直すための政府機構の創設に着手する」ことを述べるまでになりました(詳しくは後述)。長良川河口堰問題を中心に、今後の動向か注目されます。

◆ダム見学ツアーの実施
  (ダム建設後の環境・地域経済影響調査)
 まず93年6月6日、宮崎県の一ツ瀬ダム(九州最大のアーチ式ダム)及び下流の西都市を訪れました(参加者41名)。同年11月23日、室原知幸氏「蜂の巣城」のダム反対闘争で有名になった大分県の下笙(しもうけ)ダムそして松原ダム、及び下流に位置する日田市を訪問しました(参加者41名)。
 いずれも現地の人から話をうかがったが、ダム湖水の黒濁りは解消せず、赤潮が頻繁に発生しているとのことで、選択取水装置もほとんど機能していない状況であった。両地域ともダム下流は観光地となっているが、ダム建設後「清流」が「濁流」に変わり、商工観光に大きなダメージを与えています。その後、見学報告記を地元の「人吉新聞」に掲載してもらい、広く郡市民にも訴えることができました。自分達の目で確かめることの大切さを痛感しました。


   宮崎県の一ツ瀬ダムの湖面を埋めつくした流木 1993年 重松撮影

     大分県の下笙(しもうけ)ダム、松原ダム見学
      1993年11月23日 緒方撮影

◆財政活動(会員拡大、「再考川辺川ダム」の普及等)

 1993年8月8日に「郡市民の会」が発足した当初、会員数は114名でした。現在の会員数が210名ということで、4ケ月経過した割には会員数が伸び悩んでしまいました。今後、会員拡大にも力を入れることが必要です。 学習資料「再考川辺川ダム」の普及活動については、1000冊以上カンパで買い求めていただき、まずまずの成果であったと思います。「再考川辺川ダム」一冊を読んでいただけば、問題点がすべてわかるという面からしても今後益々その普及活動に力を入れて行かなければなりません。
 これら2つが主な収入源であり、この1年間さまざまな活動を展開した結果別紙「会計報告」にありますように大きな赤字を抱えてしまう状況になっています。現在、活動に賛同していただいた方からのカンパを唯一の財源として活動をしている以上、さらに財政的な援助を各方面にお願いし、早急に財政の確立を図らなければなりません。


◆その他の学習・宣伝活動
 以上あげた以外に、「人吉市議会ダム問題調査・対策特別委員会報告」を冊子にし、各方面に配布し、また私達の学習資料にもしました。この報告書によると、いかにダム建設が大きな問題を孕んでいるかが明白であり、今後行政対策の貴重な資料としてさらに活用していくことが必要です。
 93年3月には、人吉市内の全町内会長宅へ前述した「報告書」並びに「人吉市長への公開質問状」を郵送し情宣に努めました。同年8月には、水没予定地の五木村全世帯に「再考川辺川ダム」と「郡市民の会設立趣意書」を郵送し、私達の考えとダム建設に伴うさまざまな問題点を訴えました。さらに、84年にNHKで放映された「山は崩れる」という、四国・早明浦ダムにおける地すべりの被害を伝えるビデオの上映会を同年10月に実施、地元の地質に詳しい原田正史氏の話も併せて聞きました。
 その他、地元の「人吉新聞」を中心に川辺川ダム問題についての投稿活動を実施し、この1年間で頻繁に掲載され、世論を盛り上げるのに効果を発揮しました。

◎当面する具体的な運動について
 この1年間の運動の総括を踏まえて、来年度の運動の方向性について提案します。1年間で積み上げてきたものをさらに大きくするために、またこれまで十分できなかった面を補強するために、以下のような取り組みを考えています。
◆継続性、計画性のある署名活動の実施
 「手渡す会」の活動の中心を成すのは、「地域住民合意形成」のための署名活動です。しかし、年間総括でもふれたようにさまざまな課題に直面する中で、地元・人吉球磨地域での署名活動が十分できませんでした。
 今年11月、建設大臣交渉を実現させそれなりの回答を引き出した余勢を駆っ
て、今度は地元行政に対して「川辺川ダムは必要ない」という地域住民の圧倒的多数の声をぶつけるときです。そのためにも、人吉球磨地区(特にその中心である人吉市)において多数の署名を集めなければなりません。
 3月定例議会前に、まず人吉市議会に対して多数の署名を添えて陳情する予定です。あと2ケ月間を多くの人の協力の下、効率よく署名を集めるために具体的に以下のような活動を行います。

①人吉球磨郡市で、署名活動をしていただける人を掘り起こします!(会員各自が、署名活動に協力してくれそうな人に当たっていく)
②川辺川ダム問題を本当に理解し、署名活動を積極的に担ってくれる人を拡大するために、人吉市内の各町内単位で「ミニ集会」を開催します!

 署名用紙は事務局に準備しています。皆様方の御協力を切にお願いします。署名活動と並行して、人吉市内全町開催を目標に「ミニ集会」を開催し、「川辺川ダムが出来れば、川がどのように変化し、地域経済にどんな影響をもたらすか」ということを、ビデオ上映や写真展示などを通して「視覚」的にわかるような中味を用意して訴えたいと思っています。
 つきましては、人吉在住の方には「ミニ集会」開催のためにいろいろ御相談することがあるかと思います。是非、御協力をお願い致します。 来年1~2月は、この署名活動と「ミニ集会」開催に全力を注ぎたいと思っています!

◆ゴールデンウィークをめどに、
  全国レベル・九州レベルの集会を開催
 川辺川ダム問題への取り組みも、かなり広範な人達の支援を受け、広がりのある運動に成長しつつあります。そこで、さらに全国的な運動の盛り上がりを作り出し、そして人吉球磨地域住民の関心をさらに高めるために、以下のような企画を考えています。

①全国のダム問題に取り組む団体のネットワーク組織である「水源開発問題全国連絡会」からの要請を受け、人吉の地で「全国ダム問題シンポジウム(仮称)」を開催する
②九州内で環境問題に取り組んでいる団体を集め、「海・山・川を守 る九州交流合宿(第6回)」を開催する

 これらの集会の成功により、川辺川ダム問題を全国的に広めることも可能です。いずれもゴールデンウィーク中かその前後に開催したいと思っています。数多くの参加者を確保するためにも、署名活動と並行して準備を進めていきたいと考えています。「全国ダム問題シンポジウム(仮称)」については、実行委員会を結成し、より広範な層に呼びかけて実行委員になっていただき準備に当たって行きたいと思います。

◆財政活動
 別紙会計報告のように、現在のところ赤字財政で運営しています。今回会員になっていたたいていない方にも会報を郵送しましたが、是非入会していただきますようよろしくお願い致します。
 また、既に会員になっていただいている方につきましては、毎月会報「かわうそ」をお送りします。その際、毎回郵便振替用紙を同封し、一ロ1000円のカンパ(何口でも結構、多ければ多いほど有難いですが)をお願いすることにしました(年会費1000円だけでは、正直なところ郵送費だけで使い切っ
でしまう状況です)。財政面でのバックアップもお願い致します。
 学習資料「再考川辺川ダム」につきましては、もし何部かほしいということてしたら、事務局へお問い合わせいただければお送りしますので、お申し込み下さい。

①既会員の方; 同封の郵便振替用紙により、一口1000円(何口でも可)のカンパをお願い致します。
②未会員の方: 同封の郵便振替用紙により、年会費1000円をお支払いただき、会員になって下さい。別途カンパももちろん大歓迎です。
③「再考川辺川ダム」がほレい方:事務局へお問い合せ下さい。(事務局:人吉市北泉田町214-3 重松隆敏宅まで)

☆その他、建設省の大量宣伝に対抗する手股として、「手渡す会」としてもダム問題をまとめたパンフレット作成にも着手したいと考えています。また、「手渡す会」とは別に川辺川ダム問題を考える団体がいくつか誕生しています。川辺川利水事業対象農家の方による「川辺川利水を考える会」をはじめ、球磨川下流の八代市や地元人吉市において女性を中心にしたグループづくりが進められいると聞きます。運動は着実に広がっています!

◆建設大臣交渉が実を結びました!
   まずは一歩前進 頑張れ!五十嵐建設大臣
 政府は、長良川河口堰や臨海副都心など自民党政権から引き継いだ大規な事業について、計画規模や事業のあり方を見直す新たな機関を政府部内に設置する方向で検討に入りました。この新たな機関は、五十嵐建設大臣が今月8日の衆議院予算委員会で、長良川河口堰問題についての答弁の中で明らかにしたものです。
 この中で大臣は、「建設に20年から30年もかかる大規模なプロジェクトは、その問様々な社会的変化、価値観の変化が出てくる。現在でも有効性があるのかどうか、確認する機関が必要だと思う」と述べて、大規模事業を見直す新たな機関を政府部内に設置する必要性を強調しまじた。
 大臣はこの新たな機関を政府内に設ける方向で検討するよう細川首相や石田総務庁長官らに提案して了承を得たもので、このうち石田長官は「自民党政権から引き継いだ事業にづいて、現政権としてチェックする機関があるべきで、総務庁として検討に着手する」と答え、政府として新機関設置の検討に入りました。新機関創設は細川政権として行政の透明化を進めることを狙ったものですが、大規模事業を進めている官庁側が強く抵抗することは必至で、今後論議を呼ぶことになりそうです。 【93年12月15日(水)8;30~8;35 NHKニュースより】

 しかし、細川連立政権が長良川河口堰やダム建設を始めとした大規模事業の見直しに踏み出すために越えるべきハードルは、何といっても金丸信の下でゼネコン型腐敗政権の中枢にいた「新生党」をどうするかということであります。その新生党と足並みを揃える公明党・・・石田総務長官(公明党委員長)、よろしく頼みますよ! 五十嵐建設大臣、建設官僚の圧力に屈せず是非とも頑張ってください!
 政・財・官の癒着した腐敗構造を断ち切ることが、本当の政治改革であるはずです。長良川河口堰建設をストップさせ、20~30年前計画されたプロジェクトを中止に追い込んで行くために、さらなる世論の盛り上がりを作ろう!

#編集後記#
◆早いもので1993年も終わりに近づきました。今回、1年間の総括をするに当たり資料を引っ張り出して見ていたら、「ああこの1年よくこれだけやったなあ」という感慨が込み上げてきました。◆「手渡す会」としてスタートした時がわずか9名の集まりでした。その後、いろんな人達の賛同によりここまでやってこれたと思います。◆1994年は、この活動を通してまた新たな出会いがあるはずです。「きつかー」だけでは運動は長続きしません、楽しくなければダメです。「手渡す会」・・・そして皆さんにとって、またよい1年になることを祈念します。(S.A)

会報かわうそ2号 1993年10月13日発行

会報 かわうそ 2号
     [発行責任者]  
       清流球磨川・川辺川を未来に手渡す
       流域郡市民の会
             会長 池井良暢
             1993年10月13日発行

◆「川辺川ダム建設凍結」へ向けて
                   さらなる前進
 ~「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民大会」
                      に700名が参加 ~
 去る9月23日(木)14時より、人吉カルチャーパレスにおいて「流域郡市民大会」が開催された。1000名目標で取り組んだが、取り組み期間が短く、参加人数の把握も十分できない中での700名の参加であり、これは大きな成果と言える。会員の皆さんの多大なる御尽力の賜物であり、厚く感謝申し上げます。
 参加者も人吉球磨郡市のみならず、県下各地あるいは九州各県から多くの方々に参加していただいた。それだけ、「川辺川ダム問題」に対して関心が高いということであり、日本に残された数少ない清流を残そう、五木村を救おう、ダムはいらないという意識をいかにたくさんの人達がもっているかの現れでもある。参加者の年齢層も幅広く、下は小・中・高校生の参加もあり女性の参加も目立った。また、地元の議員の参加もあり、人吉市・相良村・五木村より来ていただいた(中には、同じ日に建設省主催で開催された「川づくりフォーラム」に参加した後、顔を見せた議員もいた)。
 当日の大会は、池井良暢会長の「主催者挨拶」の後、重松隆敏事務局長が「経過報告」「基調報告」を行い、その後4名の方々の講演に移った。
◆基調講演「環境と人間」 原田正純熊本大学医学部助教授
     (水俣病問題に永年関わっておられる公害問題研究の第一人者)
◆実践講座 「魚から見たダムと魚道」 君塚芳輝二松学舎大学講師(魚類学者)
◆記念講演 「ダムに頼らない村づくり」 保母武彦島根大学法文学部教授
         (宍道湖淡水化阻止の理論的指導者)
◆フリートーク 「川辺川をめぐる想い」 野田知佑氏(作家、カヌーイスト)
  ☆講演の内容(要旨)は、次回報告します。(現在、講演のテープおこしを行っているところです)

 また、当日飛び入り参加のお二人も素晴らしい歌と話を聞かせていただいた。免田町在住の甲斐あきひろさんは、現在の五木村住民の心情を「五木の子守唄」の歌詞を変えて歌われ、参加者の涙を誘っていた。
 応援メッセージの山下弘文さん(日本湿地ネットワーク代表、長崎県諌早市在住)は、元気が出る話しっぷりで、訴えるポイントが明確でわかりやすく大変好評であった。

 講演の後、「大会スローガン採択」そして「大会宣言採択」を経て、緒方俊一郎副会長の「閉会挨拶」で幕を閉じた(18時閉会)。
 延々4時間にも及ぶ大イベントで少々長すぎた感もあったが、それぞれの内容はどれも素晴らしく、聞くものを飽きさせることがなかった。大会に参加した人、何人かに意見を聞いても、「もっと勉強しなければならないと思った」という人や、「とにかく何かしなければと思った。とりあえず私の知人に署名を頼もうと思うから署名用紙を下さい」という人や、「再考川辺川ダムを売りまくるからいっぱいくれ!」という人など、前向きの姿勢の人が格段に増えたことがわかる。新聞記事でこの大会のことを知り、大会に参加した後さっそく事務局員となり、現在バリバリ頑張っている人もいる。また一つ、仲間の輪が広がっていくのを実感できる。
 大会参加者へのアンケート調査も実施した(回答総数:121名)。「あなたは川辺川ダム建設をどう思いますか」という質問に対して、A.反対:80名、B.凍結すべき:41名、C。必要:O名ということで、回答者すべてが「反対」か「凍結」という意見であった。

 また郡市民大会後、各方面に大きな反響を投げかけることができた。特に「川辺川ダム促進協議会」を設立し、「建設促進」に邁進する地元自治体は10月1日に総会を開き、今後の対応を話し合っている。新聞報道によると私たちの運動が盛り上がりを見せている中で川辺川ダムがスムーズに進むかどうか不安であるという意見が続出したとのこと。最後には、「川辺川ダム建設事業を強力に推進し、予算の大幅な増額を図る」など6項目を決議している。建設促進に邁進する地元自治体の姿勢を問いただす上でも、今後何等かの対応が必要である。

 五木村9月定例議会でも、以下のような質問・意見が出され、西村村長は次のように回答している(人吉新聞[10月1日]参照)。
 Q.頭地代替地はどの場所から始めるのか?調印していない世帯数は?
 A.建設省は今年秋に南側から着工したいといっている。調印については土地所有者49人のうち38人に協力してもらっており、造成が始まると2、3人が協力して頂くようになっている。松本地区の二度移転や登記で難しい点があるが、建設省では随時関係者に協力を依頼中。

 Q.未来に手渡す流域郡市民の会について、村としてこのまま放っておいていいのか。
 A.24、5年前のことであれば考えもあったが、今ではダムによる新しい村づくりに邁進している。私たちとしては、こういうことにとらわれず新しい村づくりを進めていきたい。

 Q.村長三期目の具体的な政策は?
 A.ダムによる新しい村づくりが私の政策だ。

 Q.立村計画は現実にあったものに考え直すべきではないか。
 A.その時、その時でよいものについては見直したい。

 Q.凍結を訴えている会の代表と会って対応するべき。もし凍結にでもなれば補償金をとって離村が相次ぐのではないか。
 A.私が代表と会って話をすると注目を集めるので、建設省や県、議会、執行部で話を聞くほうが賢明だと患っている。

 いずれにせよ、私たちの会の存在がある意味で認知された結果と言える。五木村に対しては、「ダムに頼る村づくり」ではなく「ダムに頼らない村づくり」に展望を見出だしてもらうため、私たちの考える五木村立村計画を提示する必要性がある。
     ダム取付け道路から見た、
     ダム水没予定地内にある野原小学校
      1993年10月11日 手渡す会撮影


      ダム水没予定地内にある野原小学校前での
      大山次郎さん、原豊典さん  1993年10月11日 手渡す会撮影


     頭地代替地予定地の縄文遺跡の発掘現場
      1993年10月11日 手渡す会撮影

 現在事務局を中心に、川辺川ダム建設の目的の一つである「利水事業」が行き詰まりを見せている現状を捕らえ、利水事業受益者農家対象にさまざまな情宣活動を展開しているところである。
 これまで行った活動は以下の通りである。
 10月2日(土)多良木町黒肥地地区へのチラシ(川辺川利水事業の問題点をまとめたもの)配布行動
    3日(日)深田村、須恵村へのチラシ配布行動
   10日(日) 相良村へのチラシ配布行動
   11日(月)    同上
 この川辺川利水事業は、受益者農家の同意が取れなければ実施できないものであり、利水事業の根本的な見直しがなされるようであれば、川辺川ダム建設自体も再度見直しをしなければならなくなる。そのような意味でも、利水事業を巡る農民の方々の動向次第で、「川辺川ダム建設凍結」実現も可能である。 利水事業の予算要求の締切りが10月中とのこと。10月中に受益者農家の同意がとれなければ予算要求できず、来年度の事業もできない。多くの農民にこの問題を知ってもらわなければならない。
      人吉新聞記事(1993年9月24日)

2008年10月4日土曜日

会報かわうそ1号 1993年8月20日発行

会報 かわうそ(「流域部市民の会」通信)
             NO.1       
           発行:清流球磨川・川辺川を未来に手渡す
               流域郡市民の会   会長 池井 良暢
                 1993年8月20日発行   


◆流域郡市民の会いよいよスタート!
 去る8月8日(日)14時より、人吉市青井神社「参集殿]におきまして、「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会発会式」が行われた。
 開会の後、発起人代表の池井良暢さん(くまがわ共和国大統領、元中学校校長・多良木町)が発会に当たって挨拶。つづいて、西清説さん(元人吉市議会議員、人吉市)が祝辞を述べられ、前田明美さん(多良木中学校事務職員、人吉市)より「祝詞・祝電]が披露された。全国各地からいただいた祝詞・祝電18通は以下の通りである(敬称略)。
 ◆野田知佑(カヌーイスト、エッセイスト、清流球磨川・川辺川を未来に手渡す会代表)
 ◆中川典子(くまもとWATERネットワーク事務局)
 ◆松本悟(福岡市・博多湾の豊かな自然を未に伝える市民の会・和白干潟を守る会会員)
 ◆嶋津暉之(東京の水を考える会)
 ◆坂原辰男(田中正造大学)
 ◆高橋恵子(東京・金的浄水場の水をおいしくする会)
 ◆岡田一慶(神奈川・相槙川キャンプインシンポジウム代表)
 ◆かながわ水・環境問題を考える会
 ◆篠田健三(神奈川・宮ケ瀬ダム問題を考える県民の会)
 ◆矢山有作(岡山・ストップザ苫旧ダムの会)
 ◆酒井輿部(福井・足羽川ダム阻止全国地権者同盟)
 ◆カモカワマコト(日本野鳥の会長崎県支部長)
 ◆オガタイイチロウ(産業廃棄物を考える熊本連絡会)
 ◆串山弘助大統領他3名(八代・河童共和国)
 ◆明翫勇一郎(神奈川・川と海の環境を守る会会長)
 ◆球磨焼酎をこよなく愛し、球磨川・川辺川を守る東京の会)
 ◆三輪春男(長良川水系・木を守る会)
 ◆倉重紀嗣(神奈川県藤沢市・「川を下る緑」代表)


   手渡す会の発会式(1993年8月8日 人吉市青井神社)
   右端が池井会長、一人おいて高場英二さん、
吉村勝徳さん、福岡賢正さん

 次に、青木栄さん(球磨工業高校教諭、錦町)より「経過報告」がなされた。
 そして、重松隆敏さん(元人吉市議会議員、北泉田町町内会長、人吉)より延々1時間にわたって詳細に「基調提案」がなされた。「初めにダムありき」「崩壊したダム建設の目的」「水が濁れば万事休す」「自然との共存こそ最高の生き方」「五木の人たちへ訴える」という5点にわたり、過去の経緯をふまえた提案がなされた。
 議事に入り、「会則」「役員体制」「当面する運動計画」について提案があり、それぞれ承認された。                               
      挨拶する池井良暢会長、手前は重松隆敏事務局長


◆「清流を残せ」・・一熱いメッセージ!
 次に3名の方から「意見発表」していただいた。アウトドアスポーツ(カヌー、マウンテンバイク等)に関心を持つ柳原哲郎君(人吉高校1年生)は、「僕達は夏といえばほとんどプールには行かず、川辺川で泳いでいる。子どもたちにとっても今のままの川辺川があるということはとてもいいこと。もし川辺川ダムができたら将来、僕達が大人になって自分達の子どもにどう説明すればいいのか。今を生きる僕達子どもに余り負担をかけないで欲しい」という要求が出された。

 水上村・古屋敷小教諭の松本圭子さんは、「今私は、市房ダムから数km上流に住んでいます。先日、一ツ瀕ダム見学ツアーに参加してびっくりした。上流の村所は清流であったのが、ほんの数km下っただけで水の色が変わり始め、最後には真っ黒になってしまい、赤潮まで発生していた,インディアンの古くからの言い伝えには、木を切ったりするなど自然を変える際には『七世代先のことを考えて決める』ということがある。七世代先の子ども達のためになると思ったら実行するし、ためにならないと思ったらやめる、七世代先の子ども達のためになることは自分達のためにもなることだからやってもよいという考えをもっている。川辺川ダムができた場合、七世代先の子ども達のためになるのか、不安に思わざるを得ないし、今を生きる私たちが大きな責任を負っていることになる」と発言された。

 最後に、川漁師の吉村勝徳さんは、魚道のことを中心に発言された。「球磨川下流に2つのダムができてから、それ以前に生息していたヨシノボリやウナギがなぜいなくなったのか。ダムを造るときに魚道を造らなかったからだと言われれば一言もないが、ところが魚道をできたからといって自由に魚が往来できたかと言えば甚だ疑問である。本来、魚道というのは上りも下りの使うものであるはずだが、今あるものは上るときのことは考えてあるが、下るときのことは考慮されていない。現在は、落差が5m以上の堰を道れば魚は上らないというのが定説。
 球磨川・川辺川は、「魚ののぼりやすい川づくり」の指定を受けたが、たった年間1億円の予算で、財政的にも技術的にも何かできるというのだろうか。今の魚道では、上流へ上った魚が下るときのことは何も考えていない。ダム直下の激流を見ると、あの中に揉まれた魚がはたして何匹下まで無事たどり着けるか、疑問に思わざるを得ない。
 去年は120万匹自然遡上した。今年は、80万匹しかない。毎晩シラスすくいをして、一人たったの100匹しかとれない(10匹とってやっと2g),なぜこんなに少ないのか?…それは、上流がだめになり下流に下る魚が少ないからであり、また河口に産卵するところ場所がなくなったからである。
 市房ダムができる前は、川辺川なんか問題にならなかった。球磨川が鮎の中心であった。ところが今や球磨川の鮎なんて見向きもされない,球磨川の鮎のウルカはとても商品にできず、砂が入っていてジャリジャリしている。現在の川辺川は、濁っても1週間すれば奇麗に澄む。合流点から下流の球磨川は、川辺川の奇麗な水でうすめられるからなかなかその濁りに気づかないが、球磨川上流は15~20日間は濁りがとれない。市房ダムの濁り水の放流が原因だと断定してよい。また、川辺川にダムができ、市房・川辺川両方のダムから一緒に放流されればどうなるのか?先日(8月1日)の球磨村・坂本村・芦北町の水害も、もう少し市房ダムが放流を辛抱すれば起こらなかった。このような洪水のときに魚はどこにいるのか?‥・昔は、護岸工事などされていなかったので、流れの早い洪水のときでも岩場の陰などに捕まりじっとしていることができた。ところが今や、護岸工事の結果ツルツルになってしまい、つかまるところがないので下流へ流れて行ってしまう。今年はほとんど流されてしまっているので、今年の鮎は絶望であろう。
 相良村四浦の大井手の堰…ここは鮎解禁の時期に鮎がたくさんたまるところである。それを上るために、ある高名な先生を呼び、意見を聞いたところ 「魚は雨どい一本あれば上る」と言われた。ところが結果はどうか?‥‥そのような魚道が今度また下流に造られようとしている」と、自分の長年の体験を元に迫力のある言葉で訴えられた。

     意見発表する川漁師の吉村勝徳さん


◆ダムができて何にもいいことなし
 その後、「スローガン採択」した後、閉会した。引き続き、先日訪れた宮崎県西都市杉安町の池水さんより、「一ツ瀬ダム下流域の現状」と題し、体験報告をしていただいた。 「杉安町は一ツ瀬川下流の町で、かつては”日向の嵐山”と言われるほど風光明媚なところであり、旅館もたくさんあり、造船・納涼バス・列車・キャンプ村等、さまざまな観光施設かおり、たいへん活気がある町であった。
 ところが、S35年に工事着工された一ツ瀬ダムがS38年に完成してから状況は一変する。当初、”西日本一のアーチ式ダム”と宣伝され、国道219号線の付け替え道路もできる、補償金も入り、ダムブームという状況であり、濁水のことなどは当時夢にも思わなかった。しかし、ダム完成後最初の梅雨でさっそく濁水化してしまったのである。今年の大雨の影響で、一ツ瀬川は”これが川の水なのか”と思うほど、全く死んだ川になっており、田んぼの水のような状態になっている。余りにも濁りがひどいので、S40年に陳情がなされたが、濁りを解消することはほとんど不可能の状態であった。砂やバラズがなくなり、自然は大きく変わってしまった。ダムから冷たい水が放流されるため川の水温も下がり、今や川で泳ぐ子どもは一人もいない。鮎を放流しても、1週間から10日ほど遅れる。そのうち、観光客は来なくなり、過疎も始まり、鮎や清流に依存していた旅館はつぶれ、今一軒もない。大変さびしい町になってしまった。
 このような問題は、地域住民が運動して阻止するしかない,私たちはもう手遅れである。濁り水解消のため運動をしても、改善がなされるまで10年かかる。陳情してやっとS49年に”選択取水装置”が設置されたが、濁りは解消できない。そしてやっと、今年の3月に取水口を5m下げた。一回造られてしまえば、改善させるのは大変である。
 ダムができて何もいいことはない。”ダムができてよかったのは、造った本人ただ一人でしょう”と、地域の人はみんな言っている。このすばらしい環境を守るのも皆さんの力しかおりません。」                   

◆治水・利水どれをとってもダムはいらない
     ・・・かえってダムは危険!
 最後に、記念講演として「再考川辺川ダム」を新聞連載された、毎日新聞記者の福岡賢正さんより、「川辺川ダムと人吉球磨の将来」と題して講演してもらった。
 以下がその要点である‥
 まず、「川辺川ダムの治水」について、今年大雨が降った8月1日の降水量のデータと過去の水害時のデータを比較しながらの話であった。

◆今年の雨は、10年に一度の大雨であった。しかし、人吉市の被害は過去に比べて被害が少なかった。S40年水害のときは、山はハゲ山が多く(植林の40%は幼齢林であった)、流出係数がかなり違ったためであろう。
◆今年8月1日の大雨の時、最も球磨川の水位が高かったのは、16時40分に3
m66cm。350t放水で人吉地点まで2時間かかったとして、14時40分頃の放水によるものである。14時40分時点での流入量が360t/秒、放水量352.34t/秒で、わずか8 t/秒しかカットてきていないこととなり、市房ダムはほとんど洪水調節には役立っていないことの証明になる。
◆川辺川ダムは計画によると、最大計画流大量を3520t/秒にしてある。これは、流域を長方形になっていると仮定し、流域全域に降った雨が同じ量・時間降っ
たと仮定して計算している。ところが、流域各地点の最大雨量は時間によってずれている。今年のように、何日もまとまった雨が続けば事前にかなりの量の流入があり、計画よりも早く満杯になることが予想され、結果として流入量以上の放水がなされることになり、一番肝心なときに洪水調節がてきないことになる。

次に、「川辺川ダムの利水事業]の問題点についてである。
◆現在相良村においては、川辺川の水をポンプアップして利用している。それを、ダムに貯めた水を利用に変えるということであるが、最も水が必要な時期(5~9月)は川辺川の水量も多く、十分賄える量あり、わざわざダムを造らなくても今ある取水施設を拡充、改良すれば水は確保できる。
◆渇水期のとき、下流域の流量確保のため利水にまわす水がないことも考えられる。本当に水が必要なときにダムから水がこない。お茶の防霜のための水は、渇水期の1~2月に必要だが、水の供給がないことが十分考えられる。

       講演する福岡賢正さん

     発会式後の懇親会(1993年8月8日 青井神社)
     左から重松隆敏さん、一人おいて山下完二さん、緒方俊一郎さん